It's Not The Spotlight -2-


楽しい準備期間はあっという間に過ぎて、ゾロの誕生日がやって来た。
俺は朝から落ち着かない。
ジジイに頼んで、オードブルを何品か作らせてもらった。
サーモンのマリネと、ローストビーフ・サラダに、野菜とゆで卵のコンソメゼリー寄せ。
良い出来だ。
ジジイの用意してくれたビターチョコレートのバースデー・ケーキはスタイリッシュでセンスが良く、味も保障つき。
甘いものを好んで食べないゾロも、ウイスキーの風味の効いたこのケーキは気に入ってくれるに違いない。

今日は貸切の『カマバッカ』は、クリスマスが一足早く来たかのように電飾でキラキラだった。
仲間の踊り子達が、張り切って飾りつけしてくれたのだ。
「あとは主賓の到着を待つだけよ」
自慢の巻き髪の天辺に、パーティー用の三角帽子を被った梵天ママがニコニコしながら言った。
「ロロノアの野郎は気に入らないけど、今夜一晩、サンジちゃんのために我慢してあげる」
オパーリンが俺にウインクしてみせた。
「あいつ、今日は時間どおりに来るんでしょうね?」
ハルクインが眉を寄せて言った。
「さあ、どうだか。一応、遅れて来たらぶっ殺すとは言っておいたけど……」
テーブルには料理や酒が並び、バンドのメンバーは、ステージの上で歓迎の音楽を鳴らすべく、スタンバイしている。
踊り子達は、手にクラッカーを持って待機だ。

案の定、ゾロは時間どおりに来なかった。
パーティー開始時刻を十分も過ぎると、ルフィをステージに縛り付けておくのが難しくなってきた。
「なあサンジー、もう食ってもいいか?」
「まだだ!我慢しろ!」
「そんなこと言ったってサンジ〜、この匂い、たまんねえよう〜」
その時、ドアが開いた。
慌てて羽衣チイママが、店内の照明を落とした。

「お誕生日、おめでとーーーーー!!!」
パンパンとクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞う。
「おめでとう!ハッピーバースデー!」
踊り子達が、口々に叫ぶ。
俺は、ゾロに飛びつくために駆け寄った。
「何の騒ぎだ、これは!?」
ぱっと照明が点いた。
ゾロの立つべき位置にぽかんとして突っ立っていたのは、常連のおっさんだった。
「あっらー、やだやだ、クロコちゃん!」
梵天ママが、素っ頓狂な声を上げた。
「今夜は貸切って書いてあったの、見なかったの?」
「見なかった。書いてあったか?」
「あったわよう!いやねえ、もう!」
踊り子のスパングルが笑い出す。
クロコダイルも笑い出した。
そして周囲を見渡し、がっくりとうな垂れて立っている俺に気づいた。
「よう、サンジ。元気だったか?何やってんだ、こんなとこで」
クロコダイルは、この並びで不動産屋を構えているオヤジだ。
『カマバッカ』にも『バラティエ』にも、よく顔を出す。
実は、クロコダイルと俺はちょっと付き合っていたことがある。
対等な恋人関係というよりは、クロコダイルは俺のパトロンを気取ってあちこち飲みに連れ歩いてくれたようなものだ。
「最近、どうしてた?一人寝が寂しかったら、いつでも呼べよ」
クロコダイルがニヤニヤしながら、俺の尻たぶを両手でぎゅっと掴んだ。
「やだー、クロコっちのえっちー」
梵天ママが身を捩り、皆が笑った。
俺も仕方なく笑った。
情けない気分で、涙が出そうだった。
ついでに抱きしめてきたクロコダイルの肩越しにドアを見ると、入って来たゾロと目が合った。
「……!」
俺はクロコダイルの肩に腕を回したまま、固まってしまった。
ゾロはうろたえている俺を見て、「ふーん?」という顔をして首を傾げた。
そして、何も言わずに眉を吊り上げてみせると、くるりと向きを変えて戸口から出て行った。
「ゾロ、待ってくれ!違うんだ、これは……」
俺は追いかけようとしたが、ウソップに止められた。
「まあ落ち着け、サンジ!」
「これが落ち着いていられるか!」
「落ち着けって、いいから」
よく見ると、ウソップは笑いを堪えていた。
「落ち着けよ。見たか、ゾロの面?」
「見たよ。追いかけねえと」
「面白いから、少し放っとけよ。あいつには、いい薬になるぜ」
「ゾロの野郎、一丁前にショック受けてたぜ!ハハハ!」
「拗ねてましたよ、あの顔は」
フランキーとブルックも口を挟んだ。
「ゾロは放っといても大丈夫だろ。それより、食おうぜ!」
ルフィが叫んだ。
そして、主賓不在のまま、飛び入りのクロコダイルまで参加して、パーティーは始まってしまった。

パーティーは俺にとっては悪夢のような時間だった。
一刻も早くゾロに弁解したい。
ゾロはどんな気持ちだったろう。
何がなんだかわからないまま、言われたとおりに『カマバッカ』に来てみると、楽しそうなパーティー会場で俺が男と抱き合っているのを見せつけられたわけだ。
無茶苦茶怒っているかもしれない。
早く行って、謝って、きちんと誤解を解かなければ。
「まーまー、気にすんなサンジ!このゼリー寄せ、美味いな」
ウソップが俺の肩を叩いた。
「こんな時のゾロの行き先はわかってるからよ。心配すんな。どうせ、たしぎっちゃんのとこだろ」
「たしぎっちゃん???」
「え。知らねえのか」
ウソップの顔に、動揺が走る。
「おい誰だ、たしぎっちゃんって」 
「えーと、ちょっと待て、サンジ。これは話すと長くなって……」
「何が?簡単じゃねえか」
サンドイッチを頬張りながら、ルフィが言った。
「ゾロの別れたカミさんだろ、たしぎは」
「えっ……?」
目の前が真っ暗になった。
結婚してたなんて、一言も聞いていない。

気づくと俺は店のソファに寝かされていて、おしぼりで額を冷やされていた。
「大丈夫、サンジちゃん。いきなり倒れるから。疲れてたんじゃないの?」
ルチノーが俺の顔を覗き込んで、優しく言った。
「大丈夫。それより、ウソップ……」
「なんだ、サンジ?」
きまり悪そうな顔のウソップが俺の脇に膝を折って座った。
「たしぎっちゃんって人、本当にゾロの奥さんだったのか?」
「そうだよ。まさか、ゾロから聞いてねえなんて思わなくてさ。いきなりで、びっくりしたろ?悪かったな」
「いや、いいんだ」
俺は歯を食い縛った。
「結婚してたってのを知らなかったのは、ルフィから知らされたのは、ショックだったけどいいんだ。でも」
俺はウソップを見上げた。
「ゾロは、いまだにたしぎっちゃんと付き合いがあるのか?何かあると、彼女のところへ逃げ込むのか?」
「うーん、まあ……」
ウソップは言葉を濁した。
「そのへんは、ゾロも複雑なんだよなあ。まあ、あとは本人から聞いてくれよ。案内するから」

俺はウソップの運転する車に乗って、たしぎっちゃんとやらの家へ向かった。
車の中で、俺とウソップはほとんど喋らなかった。
そして、俺はといえば、ゾロにすまないと思った最初の気持ちはどこかへ消え失せ、無茶苦茶腹が立っていた。
結婚歴があるのを隠していたのは、むかつく。
大事なゾロの歴史ではないか。
それに、俺が焼餅を焼かないと思っているのか。
俺が昔の男と抱き合ってるの見て拗ねたからって、何も自分まで元カミさんのところに走らなくてもいいじゃないか。
ひでえ野郎だ。
それとも俺に、妬かせたいのか?

たしぎっちゃんの家は、郊外の一戸建てだった。
「こんばんはー。遅くにすいません。ゾロ、来てますかー」
ウソップが玄関のインターフォンに向かって叫んだ。
「あら、こんばんは」
ドアが開き、眼鏡をかけた黒髪の可愛い女性が顔を出した。
「ゾロなら来てるわよ。入って」
案内されるままに家の中を通り抜け、庭のテラスへ辿り着く。
ゾロはテラスの椅子に腰掛け、むっつりした顔でビールを飲んでいた。
ゾロの向かいには、葉巻を咥えたごついオッサンが座っていた。
あとで聞いたところによると、たしぎっちゃんの今の旦那さんの、スモーカーさんだった。
「このクソ野郎!人の気も知らねえで、こんなとこで何やってんだ!」
出会い頭に俺はゾロに飛び蹴りを食らわせたので、俺とスモーカーさんは互いに自己紹介している暇などなかったのだ。
「こんなとこで悪かったな」
マッチョなスモーカーさんは、取っ組み合い始めた俺とゾロを易々と引き分けた。
「招かれざる客は、帰った帰った」
そのまま俺達の首根っこをぶら下げ、のしのしと庭を横切って、俺達を道路に放り投げた。
「おやすみなさーい。お手間掛けましたー」
ウソップが、慣れた様子で挨拶した。
「おやすみなさいー。ゾロ、もう来るんじゃないわよー」
たしぎっちゃんはニコニコして手を振った。
ろくに話せなかったのでよくはわからなかったが、感じのいい女性だった。

帰りの車内には、重たい沈黙が落ちていた。
俺とゾロは一言も口をきかず、ウソップも黙って運転した。

ウソップは『カマバッカ』には戻らないで、直接俺のアパートに送ってくれた。
「パーティーの片付けは、皆でしとくから。おまえら、ちゃんと話し合えよ」
別れ際、ウソップはそう言った。
「……さて」
部屋に入って二人きりになると、俺は早速口火を切った。
「言い訳を聞こうか」
「言い訳だと?」
ゾロは不満げに唸った。
「言い訳するのはてめえだろうが。なんだ、あの男は」
「元彼だよ。悪いか。今はなんでもねえんだ。ちょっとふざけてただけだ。てめえこそなんだよ、奥さんがいたなんて、一言も聞いてねえぞ」
ゾロの目が、後ろめたそうに泳いだ。
「おまけに、今でも交流してるなんて。まだ、彼女のこと好きなのかよ」
「まあ、好きっていっちゃ、好きかな。嫌いじゃねえよ」
ゾロがあっさり認めたので、俺は地獄へ突き落とされたような気がした。
「じゃあなんだ、俺とのことは遊びだったのか?」
「違う」
ゾロは珍しく困った顔で言った。
「たしぎは特別なんだ。くいなに似てて……」
「くいなって誰だよ」
「幼馴染だ」
「その彼女とも、まだ付き合ってるのか?」
「くいなはもう死んだ」
ゾロは無表情になって、言った。
「ごめん」
ゾロが傷ついたように見えたので、俺は思わず怒っているのを忘れて謝ってしまった。

「たしぎのこととか、結婚してたのを言わなかったのは悪かった」
ゾロはぼそりと言った。
「言ったら、おまえに引かれるんじゃねえかと思って、言えなかった」
「なんで別れたんだ?」
「入り婿ってのが、性に合わなかったんだ。ひとりの女に縛り付けられるのも」
「勝手な野郎だな、おまえって」
 そうだ。結婚する資格なんか、なかったんだ」
「なら、俺と一緒になったのは……」
俺は静かに言った。
「俺が男で、結婚する必要がなかったから気楽だった?」
「そんなんじゃねえ!」
ゾロは慌てて反論した。
「そんな風には思ってねえ!」
「たしぎっちゃんも俺も、おまえにいいように利用されてんのかな?たしぎっちゃんは心、俺は金と体」
「違う!」
ゾロは拳を振り上げた。
「殴りたきゃ、殴れよ」
あのでかい手で殴られたら痛いだろうなあと思いながら、俺は目を瞑った。

ゾロは俺を殴らなかった。
代わりに、俺の唇に温かく湿ったものが触れた。
ゾロの唇だ。
俺は両手を上げて、ゾロを抱擁した。
「おまえの誕生日パーティーだったんだよ」
キスが終わると、俺は囁いた。
「最高に盛り上がったところで、おまえが“イッツ・ノット・ザ・スポットライト”を歌うはずだったんだ。聴きたかったのに」
「今度、ライヴで歌ってやる」
「約束だぞ」
そして俺達は、いつものように睦み合った。

ゾロが俺に腕枕をしてくれた。
俺はゾロの逞しい二の腕に頭を預け、横たわった。
ゾロが俺の髪を梳きながら言った。
「なあ、前から思ってたんだけど……」
「なんだ?」
「エヴァン○リオンの確変中の音楽は、なんで“メサイア”なんだろうな。俺はクリスチャンじゃねえが、さすがにアレは不敬だと思うぞ」
「俺にパチンコの話はするな。わからねえし、興味もねえ」
「わかった。話を変える」
ゾロはため息をついた。
「ルッチノホマレは、最近大分馬体が絞れてきたよな。ダービーもいけるんじゃねえかな」
「……競馬の話もやめろ」
「わかった」
ゾロは素直に頷いた。
「これも前から不思議に思ってたんだけど、『踏んだり蹴ったり』っていうのは、もっと正しく言うなら『踏まれたり蹴られたり』じゃねえのか?」
「……もういいから、黙ってろ」
「へいへい」
ゾロはまたため息をつき、俺の頭を抱き込んだ。

ゾロのピロートークは、いつも意味不明だ。
いっそ何も言わないでくれればいいのにと思う。
めくるめく情事の余韻に浸っていると、いきなりわけのわからんことを言われる身にもなってくれ。

だが、沢山ある欠点を補って余りあるほど、ソロは俺にとって魅力的だ。
セックスがいいだけじゃない。
ゾロという人間の佇まいに、俺は惚れてしまった。
貢ぎたい程の男に出会えたというのは、ある意味幸福だと思う。
周囲からはいろいろ言われるけれど。
きっとゾロはこれからもこの調子で変わらないだろう。
それでも、いいのだ。
俺はゾロを愛してるから。
ヒモに見返りを要求してはいけない。
ゾロがベースを弾きながら歌う“イッツ・ノット・ザ・スポットライト”を想像しつつ、俺はうとうとし始めた。

 
終わり




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